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結婚しましょ! 丸山和子

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結婚相談の結婚しましょ!仲人マダム丸山和子さんインタビュー

老人介護のボランティアから結婚相談所の仕事へ

仲人マダムの丸山和子さん

──自己紹介をお願いします。

自由が丘で結婚相談所を20年やらせていただいてます「株式会社 結婚しましょ!ブライダルサロン自由が丘」の仲人マダムこと丸山と申します。

──この仕事をされるきっかけは何だったのですか。

当時ボランティアで高齢者介護をしていまして、その頃はちょうどヘルパーの資格を取らなければボランティアさえもできないという時だったんです。

国や県や市とかが無料講習会というのをやっていたんですけど、それを待っていると半年とか1年後になっちゃうんです。なのでちょっと待てないということで、有料の講習会に出まして、ヘルパー2級の資格を頂戴しました。

年輩の方が週に2日ぐらい順番に行って、それで職員さんの介護ができない方たち、要するに車いすの方のトイレ介助、食事介助、お話相手みたいなことをさせていただいていたんです。いわゆるデイケアセンターですね。

皆さま職業は元大学教授とか、東大卒業の研究家の方とか、立派な方ばかりだったんです。

私が行く日を楽しみにしてくださっていて、すごく熱がある朝でも、デイケアセンターは休むという日でも、私が行くという日はガバッと起きて「行く行く」と言ってくださるくらい仲良くなりました。

ただ仲良くなりましたら、ご高齢の方ってどうしても仕方ないんですが、あの世に見送らなければいけない悲しいことが続いてしまいました。

3、4年やらせていただいてたんですけどあまりにも悲しくて、あの世に見送るのではなく、この世にお迎えする方が嬉しいかなと思いました。

最初の入会者がご成婚!

その頃、高齢化もそうですけど、少子化、結婚難と言われ始めていたので、電話帳をめくっていましたら結婚相談所支部募集というのがあったんです。それですぐ電話をしていきまして、1日も考えないで行って次の日には加盟してまいりました。

そして始めましたら、第1号の入会者が1人目のお見合いの方と初御成婚になっちゃったんです。これは「天職としか言いようがない」と勘違いしますよね。あれからら20年あっという間でした。

──当時のお仕事は何をされていたんですか。

ボランティアは仕事じゃないですし、昔からそういった類の福祉的なことは好きだったので、その頃は仕事という仕事はしていませんでした。「株式会社 結婚しましょ!」というのはだいぶ後になってからですからね。

最初はブライダルサロン自由が丘で、ちまちまと、でも1対1の会員さんとの対峙はとても大切にしていました。

昨日いらした方が、まさか私とお話ができると思いませんでした、ととても喜んでくださったんです。超忙しいと思ってくださっていたみたいなんです。

でも私は会員さんとの1対1のお話し、カウンセリング、アドバイスが一番好きなので、これだけはやらないわけにはいきませんということで、全員にお会いしています。

「タモリの笑っていいとも!」にも出演─仲人マダムのメディア出演は80社以上

メディアの力で一気に知名度アップ

──仕事として軌道に乗り始めたのはいつ頃ですか。

インターネットが導入された12年ぐらい前ですね。私はインターネットを始めたのは遅い方かなと思ったんですけど、割と業界の中では早くて、一生懸命パソコン教室で勉強しました。

私は良いことは自分一人でやらない主義で、みんなも誘ってあげるんです。

それで10人ぐらいで、まだパソコン教室でさえもホームページ作りが教えられない頃、先生すらどこかに教えてもらいに行かれてそれをそのまま教えてくださる頃に、皆さんを誘って一生懸命行きました。

機械が苦手な仲人マダムなので大変でしたけど、ただその頃に一緒にやった方たちが今もインターネットで頑張っていいお仕事をしていますね。だからインターネット、パソコンが出てきたおかげだと思います。

あとはマスコミさんが取り上げてくださったというのはとても大きいですね。

最初が女性誌ナンバーワンの、マガジンハウスさんのhanakoなんです。その時にものすごい入会者が来てくださいまして、それをきっかけにラジオ、テレビ、新聞とか雑誌、月刊誌、80社以上ですね。

おかげさまで去年はタモリさんの「タモリの笑っていいとも!」に20分間私の時間を頂戴しまして、その前は1年半、ナインティナインの岡村さんのお見合いもテレビの方でお世話させていただいていました。やはりマスコミさんは大きいですね。

──ハッピーになるお仕事だと思うんですけど、そんな中でも辛い思いをしたということはありますか。

本当にないんですよね。仕事はちょっと辛い時もあったんでしょうけど、必ずその後に嬉しいことが待ち受けていて、あまり辛いとかなかったですね。

スタッフにも恵まれていまして、10年以上の長い間いてくれるスタッフが何人かいますし、20年のうち15年から18年ぐらいかな、お休みなくやってきていたんです。

土日は自由が丘ってお祭りが結構あるんですけど、遠くの方からピーヒャララという声は聞こえていたけど一度も行ったことがなかったという、外に出たこともないくらい仕事一途だったんです。

でもこの2,3年ぐらい前から、スタッフも行ってくださいと言ってくれているもので、趣味ということで少し出られるようになっています。外の交流は、私は広告塔と思っていますから、半分は趣味で、半分は広告塔です。

でもおかげで趣味をやりながら入会者もシークレットで、内緒なんですけど来てくださるんですよね。こういう仕事は、シークレット部分はまだまだありますね。

結婚相手は必ず出てくる─仲人マダムのカウンセリング力で成婚率は6割以上

──20年されている中で思い出に残っているエピソードはありますか。

私は結婚相手は必ず出てくるという信念があるので、無理難題はないと考えているんです。

でも他社様ではやはりそれは無理難題ですよと言われたといいながら、ここで泣いていた方が何人かいて、そういう方がご成婚してくださった時はすごくうれしかったです。

例えばものすごく性格の良い30代前半の女性で可愛い方だったんですけど、発症はしていないんだけど不治の病があったので、やはり他のところでうまくいかなかったそうです。

また、出産の時のアクシデントでちょっとだけ障害があるということで、3か所回ってきたけど上手くいかなかったという男性とかが、頑張って下さってうちでご成婚してくださった時は、やはり良かったという安堵の気持ちはありましたね。

──年間どれぐらいご成婚されてるんですか。

6割以上はしています。ダントツらしいですね。でもそれは仲人マダムのカウンセリングが上手ということだと思います。それに尽きると思います。

ツールや媒体物は、日本全国どの相談所もほぼ同じものを使っています。使っているものを使っていますと言っているところと言っていないところはありますけど。

何が違うかというと、やはりカウンセリング、アドバイス、お世話の仕方だと思います。

必ず一人一人に会うことは大切ですね。対峙してお話しさせていただくと、その方の心の声が見えてきます。だから何十万人来ても平気です。

今までどのくらいなのか、忙しくて計算すらできませんけど、会員さんとの1対1の対峙、心の声を聞きながらというのは一番大切だと思っています。

神様ができないことを代わりにお手伝い

──こういうお仕事を今後考えられている方に何かメッセージをお願いします。

もうどんどんやってください。一度来ていただければ、説明させていただきます。するしないはそれからでいいと思います。

まずは一歩踏み出してコンタクトをご予約いただければと思います。私としては、どんどんしてほしいんです。

今、少子化、高齢化、結婚難で、独身がいっぱいいますよね。なぜかというと誰も紹介してくださらなくなっちゃったんです。

昔の昔はご自分が結婚なさったら、世の中にお礼というか、3人はご紹介というかお仲人をしなければいけないという暗黙のルールがあったんです。

それが20年30年前からなくなっちゃったんですね。なので独身の男女がいっぱいになっちゃったんです。だからそういうのも含めて結婚相談所がたくさんできたら私は嬉しいと思います。

反対する方もいますけど、私はどんどん作って一人でも多くの方にやってほしいんです。

また、本当にできるようなシステム、結構簡単に加盟なり相談所を作りやすいシステムになっていますから、私もご指示させていただきますし、心配はいらないです。

都会は良いですけど、特に地方の方とかは苦戦していますよね。色々な区役所さんや市役所さんからセミナー講師で呼んでいただいているんですけど、本当に頑張っています。

本当に10年20年と大変な思いをして世話されていますね。色々協力はさせていただければ嬉しいと思っています。

でも楽しいし嬉しいお仕事ですし、神様からの与えられた使命みたいなものを感じています。神様ができないから私が代わりにさせていただいてるという、だから真面目に真摯に、しっかりと一生懸命やらないといけないと思っています。

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